コンセプト目次

運営者の心構え
一行の文字数について
緑地に白文字ポリシー
ネタバレの定義
作品との関わり方について
作品との関わりは個人的
不快感をもよおさないサイト
批判のあり方
誕生年度が必須である理由
過去の投稿との整合性
世の中を今より少し肯定的に眺めるまなざし

誕生年度が必須である理由

「誕生年度が必須である理由」
文章の書き手の人物像をイメージするための大きな取っ掛かりになりますから。

書き手の人物像をつかむ


文章の書き手の人物像をイメージする上で、性別と何歳かという情報がなければ、その人の人物像に最小限のフレームも定まらないから、という理由によります。

たとえば、
「毎朝『おはスタ』を見てから出かけます」
というコメントがあったとします。

そのうしろに(8才・男の子)とあるとの(31歳・男性・会社員)とあるのとでは、それが意味する情報はまるっきり違ってきます。

わたしたちがそれぞれどういった傾向の作品を面白がるのかという点に関していえば、性別はもちろん、年齢がどのくらいなのかというのも大きく影響します。

『コロコロコミック』を毎月精読する40代のおじさんというのはなかなか希少価値があるのと同様に、毎週木曜日に『週刊文春』をランドセルにしのばせて、昼休みに読みふける小学生というのもなかなか味があるでしょう。

そういうわけで、読み手に余計な誤解を与えないという意味で、誕生年度は必須ということでよろしくお願いします。


「誕生年」ではなく「誕生年度」である理由


わたしは昭和51年の4月生まれです。
誰でもそうだと思うのですが、わたしの場合だと1ヶ月早く生まれた51年の3月生まれの人にたいしてよりも、11ヵ月後に生まれた52年の3月生まれの人のほうに同じ仲間意識を感じます。

自分と同じ同級生に対しては、リアルタイムで同じものを見てきたり触れてきたりしたという共通項があるので身近に感じるんですよね。

冷静に考えてみれば滑稽な話でもあるのですが、わたしにとっては1ヶ月早く生まれた人にたいしては、いまだに「ひとつ上かぁ」という感じはありますね。

わたしの同級生というのは、高3の時に、センター試験を終えたすぐ直後に阪神淡路大震災が起こりました。わたしたちの中では、あの震災は「高校生活最後の年の出来事」として記憶されているはずです。

それが、わたしよりも1ヶ月早く生まれた昭和50年度生まれにあたる人には、あの地震は高校を卒業した1年目の出来事として記憶されているはずです。

こういった社会的な大きな出来事が、人生の節目のところで起こった場合、1年の隔たりといえども、体験した出来事の共感性としてはずいぶんと違ってくるものでしょう。

以上のような理由により、「誕生年」を表記するよりも、「誕生年度」を示しておいた方が共通項という点では優れているかなぁと思い、こっちを採用しました。

ちなみに、「現在○○歳」も可能なわけですが、これも誕生日が来ているか来ていないかでややこしいんですよね。